2011年 11月 05日

近江路・仏女ブロガー旅紀行 26 ~芦浦観音寺、花摘寺跡地~

(実はこちらが最後に訪れた訪問地になるのですが、記事の構成上、こちらを先にUPいたします。)

JR草津駅からバスに乗って15分。
“芦浦”というバス停で途中下車しました。

バス停からさらに歩くこと10分少々。
まわりは長閑な田園風景が広がります。

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太陽が傾いてきました。
時刻は4時を回ろうとする頃。
次第にどこか追われるような気持ちになってきます。
BGMはRobert Milesの「Children」

やがてこんもりした森が見えてきました。



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【芦浦観音寺】
 芦浦観音寺は、堀に囲まれ、内部に石垣や土塁を配しており、城郭を想起される特異な寺観を呈している。
 湖東地域における延暦寺の一拠点であり、東門院とともに、比叡山を守護する重要な役割を果たしてきた。
 織田信長が当寺に湖水奉行をまかせて以来、7代110年にわたって当寺は湖上一切の管理に当たった。
 寺でありながら、政治的色彩の濃い寺院だった。
 仏像や絵画、茶道具、文書などが残されており、「近江の正倉院」と呼ばれる。
 通常非公開。 拝観・見学には予約が必要。

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ぜひこの目で見てみたかった、芦浦観音寺。
お寺さんとは思えない、まさに城壁のような外観。
この中にお宝がわんさかと…と思うと、トレジャーハンターとしては(誰?)心騒ぐものがあります。
あいにく拝観予約していなかったため、今回は入り口までになりますが、
春と秋でしょうか、一般公開もされているようです。
機会があればぜひ、内部を見学させていただきたいものです。

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また、現在は湖岸から内陸に向かって約3kmほどの位置にありますが、
当寺はこの辺りが湖岸に面していたとのこと。
なんでしょう、地形が変わった? 琵琶湖の水位が低下した?
悠久の歴史に想いを馳せるにふさわしい出来事です。。


さて、いったん芦浦バス停まで戻り、今後は真逆の方向へと歩いていきます。
やがて天満宮が見えてきました。

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この境内の中に、花摘寺跡があるのです。

【花摘寺跡】
 聖徳太子開基とされるが、平安期には寺院が廃絶したと思われる。
 付近一帯は白鳳期の寺院「花摘寺」の跡地で、境内にいくつかの礎石がある。柱座を有す十数個の礎石、手水鉢に転用された燈心礎、一辺174㎝四方の石造露盤等の寺院遺品が残されている。

花摘寺… なんともチャーミングな名前です。
白鳳期という時代の名称とも絡んで、優雅さがアップ。

私が訪れた時刻は夕方の4時半をまわった頃。
夕暮れ迫る境内では、地元の子供たちが鬼ごっこをして遊んでいました(上の写真の鳥居に子供がしがみついています)。
そんな境内の片隅に、乱雑に置かれた礎石の跡。

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あまり優雅ではありませんが…
この状況から当時の面影を想像するのは難しいのですが、また発掘調査の途中だとも聞きます。
今後、新たな発見があるかもしれませんね。


さて、長きに渡ってお届けしてきた近江路・仏女ブロガー旅紀行も次が最終回。
「みずの森」です。
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by esu-san | 2011-11-05 22:29 | 近江路・仏女ブロガー旅紀行


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