2012年 10月 28日

近江路・ビワイチ旅紀行 23 ~楽々園~

彦根城の天守を後にして、西の丸方面へと向かい、三重櫓をチラ見。

その脇道から一気に下りおりて、向かった先は玄宮楽々園です。

【玄宮楽々園】
 江戸時代には「槻御殿(けやきごてん)」と呼ばれた彦根藩の下屋敷。槻御殿は延宝5年(1766)、4代藩主井伊直興により造営が始まり、同7年に完成したと伝え、昭和26年には国の名勝に指定されている。
 現在は、槻御殿の庭園部分を玄宮園、建物部分を楽々園と称している。


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まずは楽々園から拝見しましょう。

静かな佇まいの御書院。



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今でこそ規模も縮小されましたが、最盛期には今の10倍もの敷地面積を誇ったとか。

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こちらは「地震の間」という一風変わった名前の建物。
茶座敷なのですが、人工的に地盤を強固にしたり、建物の重心を低くするなど、数々の耐震構造が取られており、いざという時に逃げ込むための部屋であることから、このような名前がついたとのこと。
確かに日本は昔から地震大国であったことは想像できますが、まさか江戸時代から地震に備えてこんな部屋まで作っていたとは・・・
初めて知りました。 驚きです!

さあ、次はお庭。 玄宮園ですよ~。
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by esu-san | 2012-10-28 10:43 | 近江路・ビワイチ旅紀行


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